もともとつらつら思考録

浪人生が日に思った事とかを書く(主に読書記録)

ともだち教国家

※『20世紀少年』とこの記事は関係ありません


『ともだちはいいもんだ』という歌がある。小学生の頃、クラスで合唱した覚えがあるが、その歌詞が今考えるととんでもないものだった。


「ともだちはいいもんだ

目と目でものが言えるんだ

(中略)

いつでもどこでも君をみてるよ

愛を心に君と歩こう

みんなはひとりのために

ひとりはみんなのために

(繰り返し)」


いつでもどこでものくだりなんて完全に秘密警察だ(曲解)。ともかく日本がムラ社会だというのは置いておいても、この歌が、ひいては日本が孕んでいる問題は他にある。それは「ともだち」の強調である。もちろんともだちはいいものであるが、過度な友達の神聖視は、友達以外の人間を無視、ひいては排斥するようなコミュニティを形成しかねない。実際「プライベートな部分まで"他人"に干渉されたくない」という人間が増え、またそれが問題視されるのはそこに原因があるように思える。


社会から求められるコミュニケーション能力とは、誰とでも友達になる力でも、いつまでも会話が続く力でもなく、「必ずしも仲良くできない他者と共生するためにどのような想像力やルールが必要かを感受する」力だとこの本は述べる。


M2 われらの時代に (朝日文庫)

M2 われらの時代に (朝日文庫)


必ずしも友達になる必要はないが、だからといって友達じゃないからと関わりを持たなければ社会は回らない。人は社会の中で生きている以上、そこの活動に参加する必要はあるはずだ。


あと、友達になったからといってハッピーエンド然とする物語はどうかなと思う。